病前性格

2021年5月18日 (火)

テレンバッハ『メランコリー』(20)

 久しぶりに、テレンバッハの主著『メランコリー』に紹介された症例の検討の続きをしましょう。

 今回は「症例20」を扱う番ですが、じつはこの症例は、翻訳上の問題がほとんどないことと、病前性格についてはほとんど説明がないことから、どう扱ってよいかとしばらく迷っていました。単に要約するだけの紹介というのでは面白くありません。ここらへんは、症例19から妊娠・出産がメランコリーのきっかけとなるような症例がいくつか並んでいる文脈なのですが、ちょうど、症例19の前頁になぜか症例番号なしの別枠で紹介されている例が興味深いのでそちらを取り上げてみましょう。

 ドイツ語では、「Hoffnung希望」という語を用いた「in Hoffnung sein希望の中にある」という言い方で、婉曲に「妊娠している」という意味になるという事実が、まずは前提にあるようです。

 次に紹介する女性患者は、「心から結婚を望んでいたが、結婚後、彼女の女友達の婚礼の後で、はじめて生理期間中に憂鬱になった。この場合、月経がきたということは、「まだ[子供が]期待できない」ということと同義であった」「女性は月経期間中は例外なく「期待」のない状態にある」といった前置きの後で紹介されています。

女性患者フランツィスカ・Wは、いつも陽気で、ことのほか働き者で、良心的で自制心の強い女性であり、結婚前に性的関係を持ったことはなかった。彼女は子供をたくさんほしかったが、夫は反対だった。患者には、夫のこの無欲さがよくわからなかった。彼女は、自分が孤独で無視されていると感じ、そのために悲しい憂鬱な気持ちになった。このような状況で(1922)、義兄との間にごくときたま内密な関係を持つようになった。そのことは誰にも知られず、彼女はそれを《懺悔して済ませて》しまっていた。1927年のある日、姦通は重く罰せられるということを本で読んで、このことが9か月間、彼女の頭を離れなかった。彼女は徐々にメランコリーに陥って、明けても暮れても、《私は罪を犯した、夫に対する不義をはたらいた》といって自分を責めた。当時夕方夫が帰宅すると、彼女の気分は軽くなった。この時期に生理がとまった。彼女は妊娠の期待を抱いた。そして、短期間でメランコリーは消褪した。

 ここで、最後から二つ目の文、「彼女は妊娠の期待を抱いた」は、原文で「Sie kam in Hoffnung.」とありますが、「in Hoffnnung kommen」は端的に「妊娠する」という意味のようですから、翻訳は「彼女は妊娠した」とすべきと思います。そうであればこそ、ドイツ語の慣用用法と月経中の気分との関連についての前置きが生きてくるでしょう。

 生物学的には、月経前に抑うつ・不機嫌になって月経が始まると改善するということが多いと思いますが、この例のように月経開始とともに気分が落ち込む場合には、妊娠の期待との関連を考えてみても良いのかもしれません。

 それにしても、この女性は、「良心的で自制心の強い女性」とされながら、義兄と姦通してしまうというのがどうもアンバランスであって、ここらへんは、例によって、本書全体で主張されている病前性格論と、実際に紹介される個々の症例の行動特徴とがしばしば一致しないという難点の好例だといっても良いと思います。本書では、不倫関係があったと言及されるのはここまでで3人目です。医師に不倫歴を告白したのが20人中3人ということは、実際にはもっと居たのでしょう。これは当時の一般の不倫率と比べて多いのかどうかはわかりませんが、メランコリー患者群の病前のあり方は、並外れて良心的だとまではいえない、とは言ってよいのではないでしょうか。

メランコリー [改訂増補版]
H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)
出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

2021年4月29日 (木)

下田、中ら『初老期鬱憂病の研究』11

 久しぶりに思い出したので、戦前の我が国の下田・中らによるメランコリー論の症例紹介を続けましょう。

初老期鬱憂症 軽鬱状態型 動脈硬化その他の器質的疾患を伴うもの 

症例11 閉経期内分泌異常を伴うもの 富○敏○ 満54歳、女性、酒造業者の妻。

主訴 不眠、心気、憂鬱性思考

家族歴 父大酒家勝気の人、交際家ならず憤怒性あり、母早逝す、同胞8名中2名死亡、患者に性格的に甚だ類似の妹ありという外何等の負因なし。

既往歴 生来健、学業成績優良、245歳の時バセドー氏病に罹り甲状腺の腫脹を来す、1年計りの静養及子宮の掻爬により軽快せりという、近時全く月経を見ざりしが入院前月23日間継続する月経ありしという。性格。勝気、徹底的、責任感強し、信仰家、負け嫌い、我を通す、交際広し。

現病歴 推定原因、養子に対する不満。入院前年冬無暗に寒いといい湯保[たんぽ]を2-3個入れ眠り居たるため上衝[じょうしょう]を来し苦みしことあり、同10月頃某宗教会合に出席気分悪しとて直ちに医師を訪う、血圧190ありと言われ心痛し、その後上衝の為め眼瞼の腫脹及腫瘍を生じ、咽喉痛めることあり、甚だ心気的となり、小事に拘泥す、本年4月より不眠現わる、眠れる翌朝は落着き話も可能なるが不眠の場合は終日不平を漏し家人を当惑せしむ、有ゆる素人療法を試み、その度毎に最初は良く終り悪く遂に失望落胆す、幾度か逡巡せる後遂に8月東京に行きあらゆる大家を訪問くすりを飲むなと言わる、ここに於ても初め1ヶ月計りは元気なりしがその頃より手の脱力感、しびれ感、怔忡[せいちゅう]、咽喉の充塞感等を繰り返し訴うるに至り、子宮筋腫、血圧亢進、胃腸病等順次心痛の対象変遷す、常に朝悪く午後よし、10月下旬東京より帰り悪化、失望落胆し「余病が出たら寝て居られない(不安の為)から死んで仕舞う」等いう、睡眠時間は12時間のことあり6時間位のことあり、食思は良好なりしも最近1ヶ月不進、秘結に傾く。

現在症候 昭和7115日第1回入院

身体的徴候 体構闘士型、体格大、骨格強、筋肉弱、栄養不良、顔面蒼白、四肢に少しくチアノーゼあり、軽度の甲状腺腫を認む。瞳孔やや大その他に眼症候なし、舌やや白苔、凡ての反射機能正常、心音やや濁、血圧145-125、橈骨動脈硬化並蛇行。

精神的徴候 幻覚なく智的に大なる欠陥なし、意識は全く清明、考慮範囲は狭小、悲観的にして「余病が出れば死す」という、時に強度の苦悶性興奮状態を示し、極度の苦痛的表情の間に無表情の挿入あり、感情の表出突風的なれど演劇的誇張的ならず、強度の怔忡を訴え、自制力全くなく、多動不安多弁となることあり。

経過 直ちに持続睡眠療法を行う、スルフォナール全量25gに達せる頃より毎日20時間以上4日間眠る。その後漸次鎮静を来したれど1218日排尿障碍を来し発熱、再び睡眠障碍せらる、尿混濁して蛋白弱陽性なり、トリパフラピンにより下熱、恢復期少しく延びたれど漸次軽快を来し、翌120日入院後2ヶ月半にして全治退院。

再入院 同年818日。

退院後経過良好なりしが3月頃より膀胱炎に罹り、心痛し、腰痛ありしを以って子宮後屈なりとて灸、催眠術などを試み、再びあらゆる素人療法に親しみ前轍を踏む、すなわち3月頃より上衝、眩暈、耳鳴、嘔気、四肢の脱力感、主観的呼吸困難、腰痛、全身の冷感等あり、前同様の興奮を来したれど身体精神徴候共に前回よりは軽度なり。再び睡眠療法を行う、療法の経過中気分の転換性激しく一時ヒステリー性願望譫妄の如き状態に陥り夢の如き事実を真実と考えしことありしが一時的に経過、126日全治して退院せり。

 

本例の如きは初老期鬱憂症、閉経期神経症、ヒステリー症何れにも属するが如き病像を呈しその区別甚だ困難なり。その性格及び内因性らしき沈鬱は初老期鬱憂症に一致し上衝、眩暈、嘔気、耳鳴などの神経性徴候表在性にして、閉経、甲状腺の肥大等を伴う点は閉経期神経症に近似し、家庭的複合体の存在、被暗示性の亢進、徴候中に時に現わるる転換性、誇張的表情及びヒステリー性願望譫妄の状態を呈せる点等はヒステリー症に相当するが如し。

余等は本症例が甲状腺腫を有せる点、体構並びに性格はヒステリー性ならず、家系にもかかる患者なき点よりして閉経期内分泌障碍の為め甲状腺その他の異常を来しために過敏となりヒステリー性反応を呈するに至りたるものにして純粋のヒステリー症或はヒステリー性性格変化を来したるものにあらずと認めんとす。又本症者の性格が全く偏執性性格に一致し、種々の心気性は内因性沈鬱の二次的現象とも考えられ、常に睡眠療法の奏功する等の点よりして本症はその本体を初老期を鬱憂症に存し、症候の変形又は再発の容易なること等は合併症たる閉経期内分泌異常により説明し得べきものなりと思惟す、すなわち本症はヒステリー性徴候を伴う鬱憂症というよりは寧ろ閉経期内分泌障碍を伴う鬱憂症という方妥当なり。

 最後に「偏執性性格」とありますが、これは下田が後年「執着性格」と言い換えたもので、うつ病の病前性格とされます。これとテレンバッハの「メランコリー型」、笠原・木村が両者を参考にまとめて我が国の精神科医の間で最も有名になった「メランコリー親和型」(几帳面と他者配慮を強調し、かつ穏やかな弱力性の人柄を典型とした)との異同が時に議論になります。本症例は「徹底的、責任感強し、勝気、負け嫌い、我を通す、交際広し」など、テレンバッハや笠原の類型に比べて性格にかなりの強力性がうかがわれます。笠原らも「徹底的、責任感強し」に言及しましたが、それは持ち場を守り対人秩序を維持するための努力というニュアンスでした。

 この症例はたしかに「終日不平を漏し家人を当惑せしむ」「繰り返し訴うる」「『死んで仕舞う』等いう」などと、医師看護師からヒステリーを疑われやすそうなところがあります。著者が、体構と性格、家族負因からヒステリーを否定しているというのは、さすがに根拠が弱いと思います(体構、性格と疾患の組み合わせを仮に認めるとしても、例外なしとはいえませんし、家族内に一人だけ患者がでることもあるでしょう)が、ヒステリーは『満ち足りた無関心』という用語で呼ばれるように、身体症状の程度に比べて「治してくれ」という訴えは控えめで、歩けないと言いながら淡々と座っている、といった態度が典型です。この症例は性格傾向からしてもむしろ、躁病的な成分が症状に加わって症状を修飾して「多動不安多弁」などが現れてその一環として治療者通いも繰り返したんじゃないか、というのが、現代から後知恵でみた私の感想です。

2020年1月17日 (金)

下田、中ら『初老期鬱憂病の研究』10

 前回書いたように、講談社現代新書『日本社会のしくみ』を読んで、我が国のうつ病病前性格論を考え直し始めています。

 この本のはじめの方では、日本では戦後からずっと、大別すれば都市部の大企業型の家庭(=昇進・昇給・転勤の可能性がある家庭)と、非都市部の地元型の家庭があったが、前者のうち有名大学出の中核群はさほど変わっていないが、近年では後者が減って都会の非正規労働者になり、女性や高齢者も家業の手伝いではなくパート就労に出るようになっている、との指摘がありました。また、本の最後のほうには、日本では男性1名の収入だけで家族の生計が成り立つ世帯の割合は全世帯の3分の1に達したことはなかったのではないか、とも書かれています。

 日本の精神医学におけるうつ病発症状況論(70年代が最盛期でしょうか)では、男性はサラリーマン、女性では専業主婦が、周囲の秩序を重んじて几帳面な生活を送っていたなかで昇進や転居といった変化を機に発病するのが典型だとされていました。これは精神医学者たちが、主に大都市の大学病院で働いており、大企業の産業医なども引き受けていたことによって、偏った(上記のように3分の1にも満たない家庭に属する)患者層を診ていたことによるバイアスだったのかもしれない、と思うようになりました。そもそも地元型の人はあまり転居とかしません。

 こういう関心からさいきん読み直している下田・中らの論文は、九州帝国大学で集められた症例で、昭和9年のものですが、ここにはいわば地元型の人が多く収められています。活発でやり手な人が多く、そのせいか男性の場合、性病を罹患した歴のある人が半分ぐらいを占めていて、これはこれで偏った層が集まっているかもしれませんが、今回もそんな一例です。

症例10 動脈硬化を伴うもの 岡○龍○ 55歳、農家、町会議員。

主訴 不眠、耳鳴、眩暈、嘔気、沈鬱

 家族歴 父79歳死[、]酒不用、母は現存7410年前より中風症を患う、兄弟なく、三男一女皆健。従兄弟に資産家にして殊更に倹約する人ありという外精神変質性負因なし

 既往歴 小児期発育良好、生来全く健康、学業成績優良、小児期より性質温順。30年前黴毒を患う、服薬と局所治療により治癒せりという、25歳初婚4年後死別、間もなく再婚家庭円満なり。

 性格 責任感強く、熱中性、世話好き、信用組合長、町会議員にして県会議員に挙げられしことあり、規帳面、円満、交際広く、快活にして時には冗談等云う。

 現病経過 昨年5月頭重、耳鳴あり中風症を恐れ、医に診を乞うも血圧高からざるが故に動脈硬化症にあらずして神経衰弱及耳鼻疾患なりと言われ耳鼻科医院に通院す、著効なし。然るに924日街路に於て突然背後より暴漢に襲われ、右上膊[=上腕]及下膊[=前腕]に二太刀を浴びせ掛けられ重傷を負い直ちに某病院にて手当を受け外傷は治癒せるも右手の運動不全を残して11月末退院、外傷の直後より自己の被害の原因を考え、それが町内に跋扈する所謂親分なることを知り町政の前途に就き大いに苦慮し、ために睡眠障碍を来すに至る、右手運動不全の為め本年226日某温泉治療所に入院、毎日数回右手の温浴をなし身体を温めたるに1週間後より頭痛、眩暈、嘔気、頭部の緊張感起り耳鳴、不眠悪化す、全く無痛なりし左の肩胛及上肢も運動の際疼痛を覚ゆるに至り且又右膝蓋関節に疼痛あり正座し得るも胡座し得ず、外傷以来身体各部に障碍を来すが如き不安を覚え前途に光明を失い、情緒も沈鬱に傾き、床上に屡々反側し、溜息をつき不眠続く、付添人の慰安、家族の見舞、郷里の人々の同情の言葉を聞けば直ちに流涕、少しく込み入りたる話をすれば眩暈、頭痛増悪し、話を継続する能わず、考慮制止、罪業妄想的念慮、怔忡、異常感、秘結などはなし。睡眠療法を希望して当科を訪う、食思不良(量は相当之を摂る)、殆んど不眠、尿毎日一回、尿異常なく、酒不用、煙草以前は毎日敷島三箱[、]近時節す。

 現在症候 精神的徴候。感情沈鬱「何も面白くない」「散歩も嫌である」「何を見ても嫌な気持ちがする」等言い、顔貌は厳粛、苦悩的、自覚的の考慮制止決断力欠乏なきも、思考は常に疾病に固着し思考範囲の極度の縮小を来し、連想やや迂遠にして同時を繰り返し訴え、甚だ心気的にして小事に拘泥す、幻覚、妄想、連想の質的変化なく、意志抑制的にして病床を守って動かず自ら話すことも少し。(略)

 経過 スルフォナール1.5、アダリン0.5及び抱水クロラール1.0臭剥3.0程度の軽度の睡眠療法を行う、不眠は治癒したれど、眩暈、耳鳴、食思不進治癒せず、睡眠療法も無効なりしという悲観的観念生じ更に心気的となり常に病気のことのみを考え溜息をつく、「ふらふらと食欲云々」を口癖の如く言い、一見不関的の如く見ゆるも内心は極度に悲観的なり。

 ザルソフロカノンの連続注射(20cc16回)やや奏功せるも全治せしむるに至らず、10%葡萄糖300.0インシュリン(トロント)7単位の連続注射(インシュリンは12単位まで上昇)14回無効、マグフロン、ネオヒポアポ等試むるも奏功せず、遂に629日入院後約3ヶ月にして全治に至らず退院。 

 本例はその性格、厳粛なる一次的沈鬱、考慮範囲の縮小、種々の神経性訴え等は初老期鬱憂症に一致し強迫考慮を伴う軽鬱状態と考えざるを得ず、然れども患者の訴うる頭重、眩暈、耳鳴、嘔気、食思不進などは脳動脈硬化性のものと考えらる、すなわち頭髪は殆ど白く、一般に老衰の感あり、橈骨動脈は硬化し、黴毒性ならざる肝臓肥大を有し、顔面はやや浮腫的にして常に紅潮し又温泉療法により急に悪化せる点も凡て脳動脈硬化の存在を想像せしむ、血圧は睡眠療法開始後125-79、その後135-80にして正常なるも睡眠療法中及後は一般に血圧下降するものなれば高血圧なしとは言い得ず、而して仮令高血圧なしとするも脳動脈硬化は之を否定し得ざるなり。

 本例の如きも精神的誘導宜しきを得ば自覚的に満足の域まで治癒するは左程困難ならざらんも、睡眠療法失敗に終われりとの印象深く、疾病恐怖強く精神療法に困難を伴えり、すなわちかかる型を治療するに当っては充分なる精神療法的手腕の必要なるを知るべし。

 現代では注目されない、動脈硬化の有無を論点にされていて、その当否について私は評価しかねますが、それにしても、まずは町会議員が、「町内に跋扈する所謂親分」の差し金で「背後より暴漢に襲われ」て「二太刀」浴びせられるなどという出来事の大きさと、それが医学雑誌とはいえ症例報告されるという時代のおおらかさに驚かされます。  

 私はこの例は「厳粛なる一次的沈鬱」に達していたと書かれていますし、「床上に屡々反側」などけっこう重症という印象を持ちましたが、考察では「強迫考慮を伴う軽鬱状態」とされていて、当時と現代との重症度評価の違いも興味深いところです。「考慮制止、罪業妄想的念慮[…]などはなし」だから軽うつということでしょうか。70年代に笠原らが想定した例は外来レベルでしたからもう一段軽症であり、今世紀に入って論じられる新型うつ病はさらにもう一段軽症ですから、それらは下田らの目にはもう鬱憂症には見えないかもしれません。

 この症例は、流涕したりため息が目立ったり変な口癖があったりした点は典型的ではなく(うつ病ではむしろ感情が出てこないことが多く、『悲哀不能』と呼ばれます)、けっこう重症なのに考慮制止もないのはアンバランスで、そこらへんを筆者なら動脈硬化の影響と考えるかもしれませんが、私は暴漢に斬りつけられるといった大きな出来事からくる心因的なうつ病だったからではないかとも思いましたが、いかがでしょうか。

2019年12月31日 (火)

下田、中ら『初老期鬱憂病の研究』9

 年末の新聞の書評欄で今年の名著として紹介されていた小熊英二『日本社会のしくみ』(講談社現代新書)を読んでいます。まだ読みかけですが、我々が当たり前のように考える日本の雇用形態が、国際的にみれば独特であり、わが国でも1920年ごろから1960年ごろまでに出来上がったのではないかという箇所がありました。

 日本の精神病理学におけるうつ病患者の病前性格論(代表的には笠原嘉の論)は、特に男性患者については昭和のサラリーマンを典型例と想定して、彼らは病気になる前はもともと温和で周囲との調和を重んじ、几帳面・勤勉な模範的会社人間だとされていました。近年、内海は、当時のそうした働き方では会社や上司からの庇護・見返りが無意識的に期待されまた享受されていたとも論じています。この類型は、戦中生まれまでの世代のうつ病患者には典型的でしたが、戦後生まれ(団塊の世代)以降は、その割合が、一般人口からもうつ病患者群からも減っていったと考えられていますから、時代に応じて変化していくものなのでしょうけれど、今回、『日本社会のしくみ』を読んで、雇われ人のそうした性格類型というか職場への帰属関係はさほど古いものではないと気づかされました。

 ほぼ全社員が新卒一括採用され、会社人間として周囲の和を重んじて勤勉に働いていれば、右肩上がりに昇給し、配置転換を繰り返しながら定期的に昇進していく、という雇われ方が、戦後になってようやく完成した、わが国独特の制度だということなら、そもそも会社員の「昇進うつ病」なんてものは、他国には起こりにくいでしょうし、わが国でも、そうした働き方が根付く以前には少なかっただろうと予想されます。

 そこで、このブログで何年も前に紹介しはじめて中断していた、下田・中らによる『初老期鬱憂病の研究』という昭和9年(1934年)の論文にもういちど注目してみたくなりました。というのは、そこには当時のうつ病の具体例がたくさん紹介されているんですが、自営業とか農家が多く、しかも人柄もエネルギッシュでやり手な人物が多い印象があって、のちに笠原が論じた類型とは異なる気がしていたからです。たとえば第一例はこんなふうhttp://freudien.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-e52d.htmlでした。ほか、このブログ右側の「カテゴリー」一覧から「病前性格」を選ぶと、1~8例の記事を探しやすいと思います。

 第8症例まで紹介していましたから、今回は9例目にあたります。残念ながらこれは、鬱憂病との鑑別を示すために出されたヒステリー例であり、男性会社員でもありませんから、私のいまの興味にドンピシャではないけれど、まあ、順番に紹介していけば、おいおいそういう例も登場するでしょう。

 

初老期鬱憂症と誤診せられたるヒステリー性神経症 

症例9 中○ハ○ 42歳、女性、商家の妻。

主訴 睡眠障碍、種々の心気的訴。

家族歴(略)及性格 過敏、熱中性、嫉妬、偏頗(へんぱ)、内気、男勝り、冷淡、競争心

既往歴 小児期順調、手芸に秀で、小学卒業後家庭的に厳格に養育せらる、算術を好まず。20歳にして結婚五男二女を挙ぐ。昭和2年(36歳)家庭的の心痛の結果ヒステリー性鬱憂状態となり4月より5ヶ月間当科に入院治癒したれど、その後時々睡眠障碍を訴うるに至る、第1回発作前までは不眠など全く之を知らず、順次妊娠して分娩、その間月経無き程なりき、然るに退院後直ちに妊娠せるを以て之を人工的に中絶す、その後5回人工流産を行い、その度毎に身体の衰弱を来せる如く漸次月経困難症を現し月経時には不眠、刺戟性、頭痛等を訴うるに至る、一昨年(40歳)4月薬品流産をなしてより考慮困難、歩行障碍、家事不能に陥り、夜12時過ぐれば全く不眠、物品の処理を苦痛に感じ、面会を厭い、家事の面倒を見るを嫌い、気分は「ぽかぽか」して健忘的となり、焦燥す。昨年の1月、4ヶ月にして又々人工流産をなし、その後子宮の悪化を来し、月経時に分娩時の如き苦痛あり、引き続き睡眠障碍を来し子宮疾患を心気的に苦慮し、胸部の圧迫感、右側偏頭痛、左耳の充塞感、右膝蓋関節の不安全感等々。5月自宅にて睡眠療法を行いやや良好、海水浴に行き再び不眠となり、海水浴場にて頭を日に照らされたるにより悪化せるものと信じ苦悶す。不眠、頭を按摩せざるべからず、自殺念慮、歯痛、上衝、四肢冷感、精神病恐怖症、人の病気を思い出し自分の病気と似ているとて恐怖し「歯を抜いて死んだ人があるから自分も死ぬ」等言い、鼻の根元が「コツコツ」する或いは耳の後ろが「バッ」と塞がる、「後頭部より下に物が降りて来るような気がする」その他弱視感、胸部圧迫感など訴多し10月初め再び睡眠療法を始めたれど途中嘔吐、食欲不振起り益々身体の衰弱を来す。

 昭和8123日遂に当科に入院。精神的に甚だ多訴、浅眠(熟眠感なし、「うとうと」する)頭重特に前頭及び後頭部、右下肢の牽引感、右下腹部の不快感、歩行時子宮に不快感、食思不振、鬱憂性不機嫌(自殺念慮)、考慮渋滞その他の心気的念慮。(略)

経過 (略)有らゆる睡眠剤、鎮静剤無効、少しく平静となることあるも直ちに逆転す、遂に不穏病棟に監禁殆ど医薬を廃し、ギネロゲン0.5、アレブシン2粒のみを与う、不眠不食身体衰弱せるを以って10%葡萄糖300.0インシュリン0.5(トロント)約2週間、身体的に恢復したるもなお不眠を訴えしが漸次医薬に対する執着去りしものの如く訴え減少す、不干渉の儘放置、監禁30日間その後約1週間後退院可能に迄恢復、退院後間もなく常態に復せりという。 

 (略)患者の性格は寧ろ非社交的、過敏にして「シツオイード」に近く、熱中性男勝りなどの性格的因子は患者の性格の偏頗、内気、冷淡、競争心強し等の二次的現象として説明しうること(略)症候中沈鬱は過敏の二次的現象にして一次的沈鬱ならず、直ちに「サメザメ」と誇張的に涕泣するところ鬱憂症者の厳粛なる一次的沈鬱と区別し得(略)。

 

 考えさせられるところの多い症例です。これほどの人工中絶歴は今なら夫からの虐待レベルとされるでしょうか。しかも「不干渉の儘放置」して回復したというのも面白いところです。深く掘り下げるばかりが精神療法ではないからでしょう。むしろ夫への家族心理教育とか家族関係への介入の方が効果ありそうでもあります。

参考文献:日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学 (講談社現代新書) 小熊 英二

2016年9月12日 (月)

気分障害患者の結婚歴

 中高年以降に発症した気分障害(うつ病または躁うつ病)の患者は、とにかく結婚歴のある人が多いんです。たとえばドイツの精神科医テレンバッハがうつ病症例を集めた名著『メランコリー』に登場する症例とか、笠原・木村が著書で紹介する例は、ことごとく既婚です。

 最近、勤務先の病院に、生涯未婚の中年うつ病患者が入院してきたので、珍しいなあと思い、医局でそう発言してみましたが、周囲の医師には私の感慨はうまく伝わらなかったようでした。

 気分障害患者のほとんどに結婚歴がある理由については、私なりに考えがあります。

①躁うつ病の人(循環性格の人)の病前性格は、異性を恋愛感情に巻き込む力(=同調性、本ブログのひとつ前の記事を参照)が強いので、交際相手ともども気分が盛り上がって結婚に至ることが多い。

②うつ病の人(メランコリー型の人)の病前性格は几帳面で仕事熱心で他者配慮があるので、異性からみて、手堅い結婚相手と捉えられやすく、また一昔前なら縁談も舞い込みやすかった。

 そしてもうひとつ、未婚である私がなかなか人前では言いづらいことなのですが、

③気分障害の人(うつ病の人も躁うつ病の人も)は、もともと性格的に、自分に達成可能な範囲のことしか望まない、とテレンバッハが言っていますが、そういう性格のせいで、彼らは、自分の手に入らないような異性を求めたりせず、自分に見合った範囲の異性から配偶者を選ぶ

ということがあるのではないでしょうか。

 みなさんはいかが思われますでしょうか。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

2016年8月29日 (月)

同調性

 躁うつ病の人の性格には、病気になる前から病気の間までを通じて、同調性があるといわれます。

 これを言い出したブロイラーは、教科書で同調性について次のように説明しています。

 「他人の気分、性癖に自分を合せることができる」邦訳Ⅰ巻9頁

 「このような人はしばしば社交的で人好きがし、適応性に富み、気持ちの良い人間である(同調性)」邦訳Ⅲ巻119頁

 「同調性者は、楽しげな人間と一緒の場合には楽しげであり、悲しんでいる人間と一緒の場合には悲しげであり、主として周囲と同調した態度をとる」邦訳Ⅲ巻291頁

 しかし、躁状態の人は、一人で勝手に高ぶっています。彼らは本当に同調的なのでしょうか。

 中井久夫は躁状態について次のようにいっています。

 「…つまり躁状態のよさは、あとに尾を引かないところにある。だからひどい躁状態のときはかなりの拘束を加えないといけないことも多いが、あとはさっぱりしてくれて、うらみがあまり残らないのが救いである。他の病気の活動増大ではこうはゆかない。
 それほどでないときは、やたらに握手したり肩をたたきまわったりする。次の番にすぐ移るので、短時間お相手をしていればすむ。そのあと苦笑していると「また帰ってきた」ということもあるが、「やあ」「うん」「そう」と握手をしていればすむ。
 このように、「上機嫌」であり「同調性」がある。同調性とは、相手と合わせることである。こちらも患者の気分に多少波長を合わせてしまう。躁病の上機嫌は伝染性がある。」(中井久夫、看護のための精神医学 155頁)

 引用した2段落目に挙げられた振る舞いは、他人に同調しているとか「相手と合わせ」ているとはとても言えません。しかしなにも中井久夫だけが悪いのではなくて、多くの精神科医たちが、こういう人を指して「同調性がある」というのです。精神科の専門外の人には理解不能な考え方じゃないでしょうか。

看護のための精神医学 第2>
2004/3/1
中井久夫山口直彦

2016年1月20日 (水)

ダメな人

 中井久夫著『看護のための精神医学』によれば、うつ状態では

自己価値観の低下は「微小妄想」となり、自分は何もできない、ダメな人間であると思いこむ。(160頁)

 一方、うつ病になりやすい性格であるとして論じられてきた「メランコリー親和型」は、

日本の下田は「模範的な人」と書いているが、ドイツでは「ダメな人」だそうである。(162頁)

 だとすると、ドイツ人がみれば、患者が自分を「ダメな人」だと言うのは内容的に正しく、よって妄想ではないことになってしまいませんでしょうか。

 ちなみにフロイトも、メランコリーの人は正しい自己認識を語っているのだといってました。

看護のための精神医学 第2版
2004/3/1
中井 久夫山口 直彦

 

2012年12月29日 (土)

テレンバッハ『メランコリー』(19)

 今回はテレンバッハ『メランコリー』の症例の検討です。この症例は、「生殖過程における危機的状況」と題された章に含まれ、ドイツ語の「Hoffnung期待」という単語が、「in Hoffnung sein妊娠している=子供を期待している」という熟語に含まれる点を指摘し、それが「絶望Hoffnungslosigkeit」へと反転する状況などを論じた後で紹介されています。

〈症例19〉1924年生まれの既婚の女性患者アンネリーゼ・Kは1959年に入院した。彼女たち夫婦は1948年に家を新築したが、このことに彼女は本心では反対であった。しかし彼女は、建築費の返済を確保するために、副業として電気工場で働くこととした。家を建てた年に、患者は流産し、その翌年には死産をした。さて、患者はこの数年来高血圧にかかっており、1年前には副業をやめなければならなかった。患者は、再び妊娠することを非常に恐れていた。ところがその不安はかなり早く現実のものとなって、憂鬱といらだちが増してきた。以前の妊娠のときはいつも嬉しかったのに、今度はすっかり感じが違っていた。彼女はもう、不安な気持ちしかもてなかった。生きていることの喜びはどこかへ消えてしまい、眠りにくくなり、くよくよ考え込むようになった。年金で家計の援助をしてくれている母親が死んだらお金が足りなくなってしまうということも彼女の心配のひとつであった。1958年12月15日の夜、患者は荒れ狂ったように夫にとびかかり、彼を叩いた。そして電気のコードを引きちぎって、それでひと思いに首を吊って自殺をしようとした。この行為については、あとから健忘が残った。患者は1クールの電気ショックを受けたが、効果は不十分だった。死にたいという気持ちは消えなかった。5週間後に、彼女はふたごを生んだ。出産後、精神病はただちに再燃し、4日後に彼女はわれわれのもとに入院した。患者は、自分がまたしても妊娠してしまったこと、そしてそれ以前に長く働きすぎたことで、非常に自分を責めた。自分はもう元気になる望みがなくなった、子供たちを養っていくことはもうできない、と思った。《面目もありません、面目もありません》と彼女はいうのだった。(下線は引用者が付した)

 ここまでが第一段落です。まず下線部の翻訳についてみていきます。

 「患者は、再び妊娠することを非常に恐れていた。ところがその不安はかなり早く現実のものとなって、憂鬱といらだちが増してきた。Die Patientin war ueber eine neue Gravdivitaet sehr besorgt. Es entwickelte sich relativ rasch und zunehmend eine Niedergeschlagenheit und innere Unruhe.」。

 まず一文目は、邦訳では妊娠前の不安として訳出されていますが、前置詞「vor」ではなく「ueber」が使われている点、および、「neu」には「将来再びやってくる」という意味はさほどなさそうなので、むしろ「患者は、新たに始まった妊娠について非常に心配していた」という意味のように思います。次の文には、「ところが」という逆説の語が含まれませんし、主語の「Es」は仮におかれているだけで、「不安」を受けているわけではありません。さらに訳語についても、「Niedergeschlagenheit」は、「schlagen叩く」という語を含んでいるので「打ちひしがれ」ぐらいにしたいですし、「innere Unruhe」は精神医学用語「内的不穏」が当てられます。

代案:「患者は、新たに始まった妊娠について非常に心配していた。かなり急速に打ちひしがれていき、内的不穏も増してきた。」

 次の下線部は、単語レベルで直訳が好ましいと思われる箇所です。「einschlagen」は、「さんざんに叩く」です。

 「患者は荒れ狂ったように夫にとびかかり、彼を叩いた」

 代案:「患者は発作の中で夫にとびかかり、彼をさんざん叩いた」

 最後の下線部の「望み」の原語は「Hoffnung」です。この症例の前後の文脈からして、この語が用いられていることは重要ですから、わかるように明示すべきでしょう。とりあえず我われ読者はルビを書き込んでおきましょう。

 次の段落から以降は、この患者がもともと借金や負い目を嫌うこと、家の新築以来、過労状況にあったこと、自分の仕事を入念に行っていたことなどが説明され、メランコリー型の病前性格であったことがわかります。ちなみにこの患者と秩序との関係は、この本のだいぶ前のほう、邦訳の158頁でもすでに簡単に触れられています。

 症例紹介の最後の段落は次の短いものです。

 とうとう、彼女は絶望のあまり興奮して当たり散らすことになってしまった。そのことはちゃんと覚えているけれども、細かな点は忘れた。たとえば夫にとびかかったことなどは覚えていない。

  ここで用いられる「絶望」の語は、原語では「Verzweiflung」で、この本の後ろの方(212頁、296頁、366頁など)で何度も論じられる重要概念です。ところが、この症例の前後の文脈では妊娠との関連で「絶望Hoffnungslosigkeit」の語が用いられており、混同されてしまうという問題があります。ここもとりあえずルビでも振っておくしかないかもしれません。「興奮して当たり散らす」は、原語が「einen Tobsuchtanfall bekommen」で、精神医学用語を使うなら「躁暴発作に陥る」です。

 こういう発作は比較的珍しいものではありますが、メランコリー性の激越発作raptus melancholicusと呼ばれる状態で、診断はやはりメランコリーと考えてよいでしょう。電気コードを引きちぎったことと、この患者がかつて電気工場で働いていたこととのあいだに何か心理的関連があるかどうかまではわかりませんし、そこまで考えるのはきっと読みすぎでしょう。

メランコリー [改訂増補版]

H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)

出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

2012年12月20日 (木)

下田、中ら『初老期鬱憂症の研究』8

 今回は、下田門下の論文『初老期鬱憂症の研究』で検討されている症例の紹介ですが、しかしこの症例の診断は初老期鬱憂症ではありません。

初老期鬱憂症と誤診せられたるヒステリー性神経症

  症例8 森○謙○ 46歳、男性。

主訴 不眠、小児期より過敏、性格は感激性に富み、熱狂し易く、道楽に凝り、耽溺、大袈裟、徹底的の如く見ゆるも直ちに飽きて永続性なく、先端的にして人を信じ易く飽き易く、我儘、自己中心主義、使用人を酷使、嫉妬深く、派手好き等典型的のヒステリー性性格を有し、青年時より放縦にして資産を傾け、些細のことに激怒し、手肢の痙攣、顔面蒼白、心悸亢進等を起し重症者の如き態度となること或は自己の洋服を裂き、器物を投ぐる等のことしばしばなりしという。
 17歳の頃頭が茫然として1ヶ年程度憂鬱となりしことあり、37歳の頃赤痢を患いその後過敏となりたりと称す。現在症としては37歳頃より毎年春2,3ヶ月間不眠続き、有ゆる睡眠剤を用い居たりしが本年一月事業失敗を憂慮してより睡眠障碍顕著となり、心気的傾向、感情沈鬱、後悔、決断力鈍麻、前途の滅亡感、考慮渋滞、健忘、耳鳴、性欲消失、四肢の冷感等の自覚症を訴うるに至りたるものにして、昭和7年4月10日入院。
 身体的徴候としては体構発育異常型、角膜、結膜、咽喉反射存し、手尖微細に震戦、何処にも圧痛なく、諸反射正常なれど、皮膚紋画症やや顕著、感覚異常なし。精神的に内因性の沈鬱を欠如せる如く時々愉快相に笑い、談話等 何ら変りなく、表情誇張的なり、ただ前記の憂鬱症的自覚症を訴うるのみ。睡眠療法無効、同5月27日退院、再び6月4日入院、態度演劇的、大袈裟、易変、多弁にして衒学的、法螺を吹く。ヘルヒンの連続注射および睡眠剤にて軽快7月25日退院す。

 本例は性格その他をよく調査し、診断明らかとなりたる後之を観れば疑う余地無きヒステリー症なれど、患者のみ単独に之を診察する時は熱中性、責任感強し等自己に好都合の事実のみを美化して述ぶるを以って、あたかも真性鬱憂症の如く思わるるものなり、性格の調査、病状経過等は之を必ず家族に就きて行わざるべからざることを教ゆる適例なり。

 性格を描写する表現が巧みで、人物像が活き活きと伝わってきます。青年期のこういう生活スタイルは、「家業」というものがしっかりしていた時代でないと成り立たないでしょう。とはいえ、さすがに40代半ばにして事業失敗してますが。この人は、現代の勤め人を父親とする核家族に生まれたらどういう生活を送るだろうか、と考えると興味深いです。

 考察部分についていえば、診断の際に性格を考慮に入れているのが少々気になります。この点については以前の症例でも書きましたhttp://freudien.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-330c.html。ただし「精神的に内因性の沈鬱を欠如せる如く時々愉快相に笑い、談話等 何ら変りなく、表情誇張的なり、ただ前記の憂鬱症的自覚症を訴うるのみ」という現在症の部分からして、やはりうつ病ではなさそうではありますけれども。

 病前性格を知るには、本人から聴取するだけではなく、家族などからも情報を得なければならないというのは全くその通りです。いっぽう、戦後、笠原嘉はメランコリー親和型性格に関する自記式質問紙を作成・提案しましたが、「几帳面」「仕事好き」「義理堅い」など当時の平均的日本人の自己像に近い内容を患者本人に尋ねるという笠原のやり方だと、該当者は大幅に増えてしまいます。質問そのものが、患者本人から聴取しやすいソフトな表現で書かれていたことも、バイアスに拍車を掛けていそうです。

 ただ、当時笠原は企業のメンタルヘルスについての啓蒙活動とセットでうつ病研究を行っていましたから、患者一人あるいは上司に連れられて相談に来ることが多かっただろうことも考慮に入れなければなりません。上司を情報源にしようにも、上司の偏見を助長するような質問はできなかったでしょう。笠原の研究には、当時のうつ病者への偏見を打破して受診・休職しやすくしたという効果があったことは誰もが認めるところです。

軽症うつ病 (講談社現代新書)

笠原 嘉 (著)

  • 出版社: 講談社 (1996/2/20)
  • 2012年12月 8日 (土)

    テレンバッハ『メランコリー』(18)

     今回はテレンバッハの主著『メランコリー』に紹介されている症例を検討する番です。

    〈症例18〉54歳の女性患者マリーア・Kは、1959年に初めて入院した。その年の4月に子宮脱の切除手術を受けるまで、彼女は一度も重い病気にかかったことがなかった。この手術以後、彼女は気分がすぐれなくなった。特に胃腸障碍が苦しくて、あちこちの医者や民間治療所に通った。そしてついには精神病ではないかと不安になり、そうこうするうちにだんだんと、さして深くはないが抑止的な心気性メランコリーに落ち込んで行った。
     寛解後の診察で次のようなことが分かった。彼女は子供のころから、特に学校では、いつも几帳面できちんとしていて、《くそまじめ》な子供だった。これはその後もずっと変らない。彼女自身のことばでは、《なんでもきちんとした位置にないといけないのです。なにかの位置が狂っていると、すぐに気がつくのです》。この性質は母親ゆずりのもので、母親自身も《やっぱりとても几帳面》で、《模範的な肌着縫製工》だった。患者の夫は、妻の仕事の分量やくそまじめさをほどほどにさせようとしたが、うまくゆかなかった。家事以外に、彼女は内職に速記タイピストをしていた。《やっぱり、あまりたくさんのことをしすぎなのかもしれません》。ところが反面、《私は何かをしていないと気がすまないのです。なにもすることがなくてぶらぶらしているなんて、とてもできないことなんです》。(下線は引用者が付した)

     引用文で『几帳面』や『くそまじめ』といった訳語が複数回登場しますが、それぞれ複数の原語と対応していて一貫しません。そのなかで、下線の『くそまじめさ』の原語は、『Peniblitaet』です。この語は、過剰に几帳面な状態に対するややネガティブな評価を表す語で、本書ではこれまで症例2、3、6を形容する言葉として出てきましたが(ほか、番号なしで短く紹介される症例にも使われています)、邦訳では単に『几帳面』『綿密』などと訳されていることが多く、ネガティブなニュアンスを伝えていないことを指摘してきました。

    http://freudien.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-2737.html

    http://freudien.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-4190-1.html

     今回の症例では『くそまじめ』と、ややネガティブな表現が選ばれています。

     下線の直前で、患者の母は『模範的tadellosな肌着縫製工』とされています。この『模範的』という語は、我が国の下田光三が、躁うつ病の病前性格として提唱した執着性格の人々を、『模範青年、模範社員、模範軍人などとして誉められている人』と描写したのを思い起こさせますから、おそらく訳者が下田の論文を意識してこの訳語を選んだものと思われます。この形容詞『tadellos』を辞書で引くと、『非の打ちどころのない、欠点のない、完璧な』といった訳語が並んでいます。これは名詞『Tadel=非難、叱責、(非難されるべき)欠点』の派生語ですから、テレンバッハの文脈(本書を通じて負い目や罪を重視する)においてはむしろこの『Tadel』の意味を残して『非の打ち所のない』などとすべきだったと思います。

     さて、この症例についての紹介は、この後の2段落で、母親がいくつかの身体疾患を患った末に死去したこと、患者もほぼ同じ年齢になって類似の症状を生じながら気分症状を悪化させていったことを記載しています。そのあとの最後の段落の訳文には訳し落としがあるので、以下の下線部として補っておきます。


     最後まで残っていたメランコリー症状がすっかり消失したのは、事後診察の後であった。というのは、病気の間、母親のことなど考えたこともないのに、母親の病気の経過を逐一再現していたのだということに、彼女はそれまで気がつかなかったのである。この対応関係が患者にとって明白なものになったとき、症状は急速に消褪した。

     この症例紹介のあと、テレンバッハの説明は、患者と母との同一化に言及しています。症例13では夫との同一化、症例16では母との同一化が扱われており、同一化という心因が(発症の原因のみならず)症状の内容をも規定しているあたりが、内因性うつ病を現象学的に論じたテレンバッハの著作に含まれるのも面白い点だと思います。

    メランコリー [改訂増補版]
    H. テレンバッハ(著), 木村 敏 (翻訳)
    出版社: みすず書房; 改訂増補版 (1985/12/5)

     

     精神分析の分野では、医師以外の者が患者に精神分析を行うことの可否が検討されてきた歴史があり、フロイトにもそれを論じた論文があります。医師以外の者が行う分析を指す語「Laienanalyse」は、従来は「素人分析」と邦訳され、岩波の全集では「非医師分析」と訳されていますが、今回の引用箇所の「民間療法」という言葉を見て、(原語は違いますが)「民間分析」という訳もありかも、と思いました。

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